【訃報】藤村俊二さん死去に2ch哀悼

 “おヒョイさん”の愛称で親しまれた俳優の藤村俊二さんが、2017年1月25日に、心不全のため亡くなっていたことがわかりました。82歳。

 藤村さんは1934年、神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学を中退後、東宝芸能学校を卒業。“おヒョイさん”の愛称とともに軽妙な語り口と飄々としたキャラクターで親しまれ、バラエティー番組や、俳優としてドラマ『王様のレストラン』、映画『デスノート』に出演するなど幅広く活躍。

 2015年12月、ナレーターを務めていた日本テレビ系『ぶらり途中下車の旅』を降板し、以降は療養生活を送っていました。

 藤村俊二さんの公式サイト発表全文画像、藤村俊二さんのプロフィール、訃報に対するネット・SNS・世間の反応などをまとめました。



「オヒョイさん」で親しまれた藤村俊二さん死去、82歳
2017/02/01(水) 15:06
 飄々(ひょうひょう)としたキャラクターで「オヒョイさん」と親しまれ、晩年は「日本一ダンディーなおじいさん」と呼ばれたタレントの藤村俊二(ふじむら・しゅんじ)さんが1月25日午後8時45分、心不全のため入院先の病院で死去した。82歳だった。所属事務所が1日、発表した。

 「献花の会」を2月14日正午、東京都渋谷区神宮前6の25の12、慈雲山 長泉寺で開く。

 藤村さんは体調不良のため2015年12月、ナレーションを務めていた日本テレビ系「ぶらり途中下車の旅」を降板。長男で所属事務所代表の藤村亜実氏によると、復帰を目指して療養していたが、「最期は苦しむ様子もなく、穏やかに息を引き取った」という。

 藤村さんは1934(昭和9)年、神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部演劇科を中退後、東宝芸能学校を1期生として卒業。日劇ダンシングチームに所属。ザ・ドリフターズのTBS系人気番組「8時だョ! 全員集合」のオープニングの振り付けを担当した。

 日本テレビ系「巨泉・前武のゲバゲバ90分」やTBS系「ぴったしカンカン」などの人気番組や映画「デスノート」に出演した。

 愛称は「オヒョイ」。“ヒョイ”といなくなってしまうことから付けられたという。晩年は白髪と白い鼻髭という「ダンディーなおじいさん」といった雰囲気で、ドラマや映画で知的でひょうきんな老紳士を演じることが多かった。

 また、昭和9年生まれの芸能人で作る「昭和9年会」に積極的にかかわり、メンバーの長門裕之、坂上二郎、玉置宏、牧伸二、愛川欽也、大橋巨泉、森山周一郎らとの親交を深めていた。

2017年2月1日(水) 15:14 サンケイスポーツ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170201-00000562-sanspo-ent



■藤村俊二オフィシャルサイトより全文画像
http://ohyoi.ohyoiandsons.com/
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藤村俊二さん プロフィール
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芸名・本名:藤村俊二(ふじむら しゅんじ)
別名義 おヒョイ、おヒョイさん
職業:俳優、声優、タレント、振付師
生年月日:1934年12月8日
没年月日:2017年1月25日(満82歳没)
出身地:神奈川県鎌倉市
血液型:B型
活動期間:1960年~2017年
結婚歴:あり
子供:藤村亜実は所属事務所の代表取締役
事務所:有限会社O’hyoi & Sons(オヒョイアンドサンズ)所属



■主な出演作品
テレビドラマ
『総理と呼ばないで』

映画
『ラヂオの時間』
『デスノート』シリーズ

バラエティー番組
『ぶらり途中下車の旅』

テレビアニメ
『黒執事』シリーズ




■経歴・人物
実父はスバル興業社長。小学校から高等学校まで暁星学園で過ごし、演出家を志して早稲田大学第一文学部演劇学科に進学。理論偏重の教育に飽き足らず中退し、東宝芸能学校舞踊科を第1期生として卒業

・日劇ダンシングチーム12期生として1960年に渡欧し、イギリスやフランスを巡る。このとき本場の芸の水準に驚いて舞踊家の道を断念し、帰国後、振付師に転向。ザ・ドリフターズの大人気番組『8時だョ! 全員集合』(TBS)やレナウン「イエイエ」のCFの振り付けも担当した。本人によると、もともと振り付け志望であったが、番組中にエキストラ出演を頼まれることも多く、画面に映るのが嫌でその場から「ひょい」と逃げていたところ、「おヒョイ」のあだ名がついたという。後輩からは主に「おヒョイさん」と呼ばれる。

・『8時だョ! 全員集合』では、ギャグアドバイザーだった事もあり、「ヒゲダンス」の振り付けを担当したとされる。しかし藤村自身が2008年4月18日放送のNHK-FM『邦楽ジョッキー』や『おしゃれカンケイ』でこれを否定し、『8時だョ! 全員集合』で振り付けたのはオープニング(民謡「北海盆唄」の替歌)の「エンヤーコラヤ ドッコイジャンジャン コーラヤ」の部分であり、「腕・肩を順番に触るだけの単純な動作だが、忙しく踊っているように見える振り付け」と語っている。

・愛川欽也、大橋巨泉、財津一郎、森山周一郎らと、昭和9年(1934年)生まれの芸能人の集まりによる親睦団体「昭和九年会」を結成していることでも知られる。

・芸能界で活躍する一方、東京・南青山でバー「O'hyoi's」(オヒョイズ)を経営していた。店のロゴマークにはオーナーの藤村のシルエットがあしらわれていた。芸能人が経営する飲食店は、いわゆる名義貸しオーナーの形が多いが、藤村は仕事の合間を縫って店に立つなど、実際に現場での経営を行っていた。また、この店では「お客様にサービスするのが当たり前だから」という理由でサービス料は設定していなかった。2010年12月に閉店

・長らく細身に黒髪のアフロヘアーがトレードマークだったが、胃癌で胃を全摘出してからは毛染めをやめている。

・役者としては知的な老紳士的役も多いが、三谷幸喜作品においてはボケキャラを演じることが多かった(実際、三谷作品に多く起用されている)。たびたび「執事役が似合う芸能人」として話題に挙がることもあった(ちなみに漫画『黒執事』に登場するキャラクター・タナカのモデルは藤村である)。

・かつて代表を務めていた俳優事務所「オフィス・オヒョイ」には自身のほか黒澤久雄や岡崎友紀らも所属していたが、2011年を以て同事務所は解散。滝口順平の死去に伴い2011年から担当していた『ぶらり途中下車の旅』のナレーションも2015年10月24日放送分からは太川陽介や林家たい平、石丸謙二郎らが週替わり(代役)でナレーターを務めた。

・2015年12月になって藤村夫人が女性自身のインタビューに応じて、藤村について「体調を考慮して「ぶらり―」のナレーションを2015年10月を以て正式降板し、それと共に芸能界から引退した」ことを公表した。血管の状態が思わしくないため、千葉県の病院に通院しているという。一方、有限会社O’hyoi & Sons(オヒョイアンドサンズ)代表取締役で長男の藤村亜実は「単に『ぶらり―』を降板しただけ」と引退発言報道を公式に否定している。

・2017年1月25日午後8時45分頃、心不全のため死去。82歳没。



■関連リンク
・公式サイト:http://ohyoi.ohyoiandsons.com/
・Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/藤村俊二

藤村俊二さん死去に対するネット・SNS・世間の反応
おヒョイさん・・
ご冥福をお祈りします

おヒョイさん、いい味出してて好きだった。ご冥福をお祈りいたします。

なんでオヒョイっていうの?

 
ひょいひょいっといなくなるからおひょさん

藤村俊二といえばこのCM

動画:藤村俊二さんのシオノギ製薬CM
https://youtu.be/BaNatmlNvow


ピップエレキバンのCMが一番印象に残ってるわ
一番見た回数が多いからだろう

デスノートのワタリじゃん

※映画「デスノート / デスノート the Last name」(2006年) ワタリ役
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誰だよ

 
 
映画デスノートワタリ

ワタリやってたとき70そこそこだったのか
老けて見えてたんだな


デスノートの映画が10年前だって言うのも衝撃だ
時の経つのが早い・・・;^^

ワタリ…デスノートに名前を書かれてしまったか

ワタリの紳士感めっちゃ合ってた

アニメ好きなら黒執事のタナカで言えばわかると思う

※アニメ「黒執事」(2008年) タナカ役を担当。キャラクターのモデルが藤村俊二だったことから起用。
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西遊記の馬か

※若い頃の藤村俊二
1979年放送のドラマ『西遊記II』(日本テレビ)玉竜の人間態

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玉竜なつかしいな。西遊記2だから八戒が左とん平だったね。

西遊記の馬が印象的

俺の中では西遊記2の馬の人

 
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優しそうな人
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ゴールデンの番組で急に童貞卒業の話した時は驚かされました

初体験がつきあい始めた彼女の母親

※藤村俊二の脱童貞エピソード

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 高校2年生の藤村さん、当時付き合っていたガールフレンドのお母さんから「今度、別荘に遊びにいらっしゃい」という手紙をもらったとか。

  何の気なく別荘に遊びに行くと、そこにいたのはお母さんだけ。ところがお母さんは、30半ばでとってもセクシー。いわれるがままにリードされ、純朴な藤村さんは教えていただいちゃいました

  「そのあと彼女とはどうなったの?」というスタジオ一同の質問に対して、藤村さんは「そのあと彼女も別荘に来て、しちゃいました」と一言。あるんですねえ、こういう話。
http://web.archive.org/web/20010802090551/www.ctv.co.jp/romihi/lostvirgin/03.html


他の人のエピソードもなかなか面白かったw

 
おひょいさんのぶらり好きだったなぁ

小日向もいいけど、やっぱりおひょいさんが良かった

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数年前のぶらりでも声が弱々しくなって聞くの辛かったからなぁ

 
ピンチヒッターが太川陽介とか田山涼成がやったりしたけどこれじゅない感じしたからなあ
結局小日向に決まったけど

昭和九年会で生き残ってるのは、財津さんと森山周一郎さんとあとだれがいるのかな

■昭和九年会とは

昭和九年会(しょうわくねんかい)は、昭和9年(1934年)生まれの芸能人の集まりによる親睦団体。この年に生まれ、大活躍した芸能人が多かったことから、1976年に愛川欽也と長門裕之が中心になり結成された。


■存命人物
財津一郎(2月22日)
森岡賢一郎(3月4日)
松平直樹(3月22日)
宝田明(4月29日)
中村メイコ(5月13日)
森山周一郎(7月26日)
天田俊明 (8月22日)
睦五朗(9月11日)
筒井康隆(9月24日)
前田憲男(12月6日)


■物故者
玉置宏(1月5日、2010年没)
長門裕之(1月10日、2011年没)
藤村有弘(3月6日、1982年没)
佐藤允(3月18日、2012年没)
大橋巨泉(3月22日、2016年没)
8代目橘家圓蔵(4月3日、2015年没)
坂上二郎(4月16日、2011年没)
伊藤一葉(6月19日、1979年没)
愛川欽也(6月25日、2015年没)
初代引田天功(7月3日、1979年没)
牧伸二(9月26日、2013年没)
藤村俊二(12月8日、2017年没)
山本文郎(12月23日、2014年没)
石原裕次郎(12月28日、1987年没)

昭和九年会のメンバーがまた一人…

昭和九年会もどんどん減ってくな
自分だったら最後まで残りたくない

代わりになる人が思いつかない役者だったな

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唯一無二なお方だよね

おひょいさんなんで死んだんや!

明日から何を楽しみに生きたらええんや!

おひょいさん!帰ってきてくれーや!

大好きだった

意外と若いな
20年位前から80近いイメージだった

 
執事が似合う人だったな

王様のレストランとかデスノート
執事っぽい役が良かったな
合掌

 
いるだけで何となく場が和んで楽しくなるような感じの人だった

掴みどころのない感じの人だった
でも出てくれば存在感バツグンだったな

この人がなんでテレビに出られてたのかよく分からんかったまあ殆どのタレントがそうなんだろうが

 
父親が都内で大きい劇場を経営しているからその伝手で最初期のテレビ業界に入れたんだと。芸能界はコネが大切

 
昔の人たちってコネだよな
それでもそこで力だした人が長年生き残ってるんだろうから
今のコネとは違うんだろうけど

 
今もだろ

 
味があって品があってお洒落だった
じい的執事役がこんな適任な人も居ない

 
存在感があるのかないのかよくわからない素朴な雰囲気だけど、とにかく印象に残る人だったなぁ

藤村俊二さんの経営するワインバー、オヒョイズは閉店してたのか。。

ちょっと隠れ家みたいな中々小洒落たワインバーだったし、誰か経営受けついで営業やれば良かったのにね。まあ藤村さんの想い出と共に生き続ける幻の名店と言う事で

最近亡くなった人の中で一番ショック
長生き爺さんのイメージだったからまだ82歳だったことに驚き
特に昼ドラの直後にやってた心理テスト選ぶミニアニメ大好きだった
あの優しい喋りが好きだった

店に行くとたまに顔を出してくれたなあ

淋しいな
ご冥福をお祈りします

知ってる俳優がどんどん減ってくな

もっと前に亡くなってたのかと勘違いしてたわ

嫌だ、信じないぞ!信じないぞ…

西遊記の時が好きだった

飄々として素敵なお爺さんだった
悲しいです